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東京地方裁判所 平成5年(ワ)19170号 判決 1998年1月20日

反訴原告

伊喜信子

反訴被告

正戸剛

ほか一名

主文

一  反訴被告らは、各自、反訴原告に対し、金六〇五万五八〇六円及びこれに対する昭和六三年七月一〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を反訴原告の負担とし、その余は、反訴被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  反訴被告らは、各自、反訴原告に対し、金五八六八万〇四八〇円及びこれに対する昭和六三年七月一〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の反訴被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、交通事故に遭い頸部に傷害を受けた反訴原告が、加害車両の保有者及び運転者である反訴被告らに対し、損害賠償を請求した事案である(なお、反訴被告らの反訴原告に対する債務不存在確認請求事件は、訴の取下げにより終了している。)。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

反訴原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により、外傷性頸部症候群等の傷害を受けた。

事故の日時 昭和六三年七月一〇日午後六時一〇分ころ

事故の場所 東京都世田谷区等々力一丁目二〇番三〇号先交差点(以下「本件交差点」という。)路上

加害車両 普通乗用自動車(横浜七七せ五三九一)

右運転者 反訴被告正戸剛(以下「反訴被告剛」という。)

被害車両 普通乗用自動車(品川五二ね二五〇三)

右運転者 訴外菊地二郎

右同乗者 助手席 反訴原告(さらに後部座席には、反訴原告の次女、長男も同乗。反訴原告本人)

事故の態様 本件交差点を左折中の加害車両と、直進進行中の被害車両とが衝突した。

被害車両は、本件事故により車体フロント左端から着力を受け、左フロントピラーが後退し、フロアまで変形を生じ、また、左フロントドア、センターピラー付近に着力を受け、連動してスライドドア後部付近まで損傷し、後部付近の着力はリアーバンパーまで波及した。本件事故により、被害車両は、部品代六万九〇〇〇円、工賃一七万四二〇〇円(修理費合計二四万三二〇〇円)を要した(乙五ないし七、一一)。

2  責任原因

反訴被告正戸純男(以下「反訴被告純男」という。)は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、また、反訴被告剛は、左折進行するに当たり、左方の安全確認を怠った過失があるから、民法七〇九条に基づき、それぞれ原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  本件の争点

本件の争点は、反訴原告の損害額であり、反訴被告は反訴原告の長期の治療の必要性、相当性について争っている。

1  反訴原告の損害額

(一) 原告の主張

(1) 反訴原告の入通院経過

小倉病院 昭和六三年七月一〇日から同月一四日まで通院(実日数二日)

大脇病院 昭和六三年七月一五日から同月二三日まで九日間入院

昭和六三年七月二五日から同年八月二九日まで三六日間入院

昭和六三年八月三〇日から平成二年九月一二日まで通院(実日数一一九日)

上田クリニック 平成二年一〇月五日から平成五年七月末日まで通院

(2) 治療費 五八八万〇四八〇円

ア 大脇病院分 三六四万一六八〇円

イ 上田クリニック分 二二三万八八〇〇円

(3) 入通院雑費 六〇万〇〇〇〇円

(4) 休業損害 四二二〇万〇〇〇〇円

反訴原告は、本件事故前年の昭和六二年六月スナックのぶ(以下「のぶ」という。)を開店し、本件事故当時、長女のほか、従業員二、三名を雇用しながら、自ら接客の中心として稼働していたものであり、昭和六三年一月から同年六月まで六か月間の月間平均売上として、二五八万円を得ていたものであるが、本件事故による身体の不調から接客ができなくなると、急速に売上が減少したものであり、次の売上減少額が本件事故と相当因果関係を有する損害というべきである。

昭和六三年七月から同年一二月までの分

月額七〇万円減少の六か月分として四二〇万円

平成元年分

月額一〇〇万円減少の一年分として一二〇〇万円

平成二年一月から同年九月までの分

月額一〇〇万円減少の九か月分として九〇〇万円

平成二年一〇月分から平成五年七月までの分

月額五〇万円減少の三四か月分として一七〇〇万円

(5) 慰謝料 五〇〇万〇〇〇〇円

反訴原告は、本件事故により幼児二名を抱えながら、長期の入通院を余儀なくされたものであり、その精神的苦痛を慰謝するには、右金額を下らない。

(6) 弁護士費用 五〇〇万〇〇〇〇円

(二) 反訴被告の認否及び反論

(1) 反訴原告の損害額については、争う。

(2) 反訴原告には、レントゲン写真やMRIによる異常所見は認められず、カルテの記載も自覚症状のみにとどまっており、治療が長期化したのは、専ら反訴原告の外傷性神経症、心因反応によるものであり、反訴原告の損害額を算定するに当たっては、相応の減額をすべきである。

反訴原告の治療に必要な期間としては、概ね六か月ないし一年程度であり、就労不能期間としては、三か月程度にすぎない。

後遺障害等級としては、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「後遺障害等級表」という。)一四級一〇号とみるべきである。

また、スナックのぶの売上金の減少が直ちに反訴原告の収入の減少ということはできない。

第三当裁判所の判断

一  反訴原告の治療経過と症状等

1  甲一の2ないし11、二の2ないし14、三、乙一、八、一〇、反訴原告本人、鑑定の結果、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 反訴原告は、本件事故当日の昭和六三年七月一〇日救急搬送され、小倉病院を受診し、左臀部、左肘部、頸部等に痛みを訴え、左肘部挫傷、左臀部挫傷と診断され、湿布とコルセットを施され、翌七月一一日、同月一四日に同病院を受診した(実日数三日)。

(二) 反訴原告は、同年七月一五日大脇病院に転院し、上田建志医師(以下「上田医師」という。)により、外傷性頸部症候群と診断されたが、激痛を訴え、根症状のほか、心因反応もみられたため、同日入院となり、左下顎痛、左肩から後頭部痛、背部痛に左上肢シビレ感が続き、さらに精神的落ち込みがみられ、情緒不安定となり、心療内科も受診した。

反訴原告は、神経ブロック療法により軽快化がみられたため、同年七月二三日いったん退院となり、スナックに出勤したが、仕事中痛みが再発し、同月二五日再度入院となり、同年八月二九日まで入院した後、外来通院となり、平成元年九月一二日まで投薬と星状神経ブロックを中心とした治療を受けた。

上田医師作成の昭和六三年八月一〇日付け診断書には、全治には今後一ないし二か月を要すると思われる、との記載がある。

また、反訴原告は、医師に対し、本件事故前の反訴原告の家族関係や、スナックのぶの経営上の悩み等を漏らしており、同年八月一五日付けカルテには、事故による入院のため、逃避的になっている、との記載がある。

反訴原告は、局所ブロック治療後は、症状が軽減するものの、二、三日すると増悪し、一進一退を繰り返していた。

同病院における反訴原告のレントゲン写真には異常はなく、MRIでも脊髄、頸椎の変化は認められず、自覚症状、心因性は強いものの、他覚的所見は乏しいとされている。

(三) 反訴原告は、上田医師が神経内科上田クリニックを開業したことから、平成二年一〇月五日上田クリニックに転院し、外傷性頸部症候群、反応性神経症と診断され、握力低下が顕著であり、精神不安が強く、星状神経ブロックを中心にした平成六年一〇月二五日まで治療を受けたが、その割に改善がみられなかった。

(四) 反訴原告は、関東逓信病院ペインクリニック科を紹介されて平成六年一一月四日から平成九年一月二九日まで通院しているが、レントゲン写真、MRIでは格別異常は認められていない。

関東逓信病院の長沼芳和医師作成の平成八年七月一七日付け後遺障害診断書(鑑定書添付書面)には、次の記載がある。

症状固定日

平成八年七月一〇日

傷病名

外傷性頸部症候群

自覚症状

頸から肩の痛み、手の痺れ(右より左が大)

他覚症状及び検査結果

筋電図 平成七年一一月二四日 正常

頸椎MRI 平成七年三月七日 正常

障害内容の増悪、緩解の見通し

治療効果乏しく、今後も、症状は持続すると思われる。

(五) 反訴原告は、法廷において、現在も左手が不自由で働けない、平成七年夏ころから痛みが我慢できるようになったと述べているが、前記治療経過に照らし、直ちに措信しがたい。

2  右認定の事実及び鑑定の結果をもとにして検討するに、反訴原告の症状等については、次のように考えられる。すなわち、本件事故により、被害車両は、反訴原告の乗車していた車体左側部に損傷を受けたものであるが、その修理費は二四万三二〇〇円に過ぎず、本件事故により反訴原告の受けた衝撃は、もともとそれほど大きくなかったものと推認される。右事情に加えて、

(一) 一般に、他覚的所見の乏しい頸椎捻挫、外傷性頸部症候群の場合、治療期間としては、長くても三か月程度の治療期間が妥当とされているところ(鑑定の結果。なお、反訴原告の大脇病院における当初の加療見込みも、三か月程度とされている。)、反訴原告に対しては治療開始当初から神経ブロック療法が実施されながら持続性がなく、関東逓信病院において症状固定とされた時期(平成八年七月一〇日)の前後においても、格別以前と異なる治療がなされたことを認めるに足りる証拠はないから、直ちに右記載を措信することはできず、さらに、本件事故以前から存在していた反訴原告の家庭内及び職場の状況に、本件事故を契機として生じた反訴原告の心因性の存在も指摘されていること等の事情を総合すれば、本件事故と相当因果関係のある治療期間としては、本件事故後、概ね一年間を経過した平成元年七月末日までとするのが相当である。

(二) 次に、本件事故と相当因果関係の認められる反訴原告の就労不能期間としては、右(一)の点に加えて、一般に他覚的所見の乏しい頸椎捻挫、外傷性頸部症候群の場合、三か月を経過すれば可能であるとみられるところ(鑑定の結果)、反訴原告は、スナックを経営し、就労時間が不規則であり、立っている時間が長いことを考慮すると、これを一年間と認めるのが相当である。

(三) 反訴原告の後遺障害等級としては、星状神経ブロックという患者である反訴原告本人にも負担のかかる治療を長期にわたって受けながら、なお、長期の頸部痛等があり、局部に神経症状を残すものとして、一四級一〇号と認めるのが相当である(鑑定の結果)。

(四) 反訴原告の治療が長期化したのは、反訴原告の心理的素因(心因性)が関与しており、本件事故に対する寄与度は、前記認定の事実及び鑑定の結果を総合すれば、五〇パーセントとするのが相当である。

二  原告の損害額について

1  治療費(大脇病院分) 二四二万七七七四円

甲一の2ないし8によれば、平成元年七月末日までの治療費として、右金額の範囲で認められ(甲一の8については、平成元年七月分と八月分を通院日数で按分比例し、七月分を算定した。)、右を超える部分についてはこれを認めるに足りる証拠がない(前記一2記載の点から、上田クリニック分については認められない。)。

2  入院雑費 五万四〇〇〇円

甲一の2、3、乙一によれば、反訴原告は、大脇病院に合計四五日間入院したことが認められ、反訴原告入院当時の入院雑費としては、一日当たり一二〇〇円と認めるのが相当であるから、その四五日分として、右金額となる(反訴原告の通院雑費を認めるに足りる証拠はない。)。

3  休業損害 四三九万〇一四四円

甲三、四の1、2、反訴原告本人によれば、反訴原告は、本件事故前年の昭和六二年六月スナックのぶを開店し、本件事故当時、長女のほか、従業員数名を雇用し、接客の中心として稼働していたことが認められ、青色申告をしていることから、その記載内容に一応の信用力があるものと認められるが、前記のとおり、のぶには他に従業員もおり、また、反訴原告本人によれば、本件事故後、新たにチーフとママを雇い入れたというのであるから、のぶの売上減少が直ちに本件事故によるものとは言い難い。

そして、反訴原告の基礎収入については、本件事故前六か月間(昭和六三年一月から同年六月まで)の事業主報酬を基礎とし(合計四五五万二三四六円。一日当たり二万四九四四円)、前記一2のところから、反訴原告の入院日数(四五日間)及び通院実日数(一三一日。甲一の1ないし8、乙一)について、合計一七六日間の反訴原告の休業損害として算定すると、次のとおり、四三九万〇一四四円となる。

24,944円×176日=4,390,144円

4  後遺障害逸失利益 一二三万九六九四円

(反訴原告の休業損害の主張中には、実質的に後遺障害逸失利益を包含するものと認める。)

前記一2のところから、反訴原告の後遺障害は、他覚的所見のない外傷性頸部症候群の神経症状を内容とする後遺障害であるから、前記金額を基礎とし、労働能力喪失率を五パーセント、労働能力喪失期間を三年として、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、反訴原告の逸失利益の症状固定時の現価を算定すると、次のとおり、一二三万九六九四円となる。

4,552,346円×2×0.05×2.7232=1,239,694円

5  慰謝料 三〇〇万〇〇〇〇円

反訴原告の傷害の部位程度、入通院期間、後遺障害の内容、程度その他、本件に顕れた一切の事情を総合斟酌すると、反訴原告の傷害慰謝料としては、二〇〇万円、後遺障害慰謝料としては一〇〇万円の合計三〇〇万円と認めるのが相当である。

6  右合計額 一一一一万一六一二円

三  素因減額

前記一2の点から、反訴原告の治療が長期化したのは、反訴原告の心因性が関与していることは否定できず、反訴原告に生じた損害額をすべて反訴被告に負担させることは相当でないから、民法七二二条二項を類推適用し、反訴原告の損害額から五〇パーセントを減額すると、残額は五五五万五八〇六円となる。

四  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情を総合すると、反訴原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用としては、五〇万円と認めるのが相当である。

五  認容額 六〇五万五八〇六円

第四結語

以上によれば、反訴原告の本件反訴請求は、反訴被告ら各自につき、六〇五万五八〇六円及びこれに対する本件事故の日である昭和六三年七月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

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